提言・調査・報告
要望書「緊急事態宣言下の美術展示への支援、並びに美術家に対する社会保障基盤の強化等について」[2021.05.13]

要望書
─緊急事態宣言下の美術展示への支援、並びに美術家に対する社会保障基盤の強化等について─




文化庁長官
都倉 俊一 様


 継続支援事業に続き、この度スタートした令和2年度第三次補正予算に基づく「Arts for the future !」事業の準備にご尽力いただきましたことを、改めてお礼申しあげます。

 芸術団体を通じ個々の芸術家に支援が届くことを強く祈念しておりますが、再びの緊急事態宣言の発出に接し、昨年のこの時期に中止となった展示の関係者が、今度こそはと進めてきた展示への取組が、まさに二年ぶりの公開を目前に控え、すべての用意が整った段階で再び中止せざるを得ない事態となりました。二年にわたる展示への影響は、団体の存在意義にもかかわることから、誠に残念でなりません。

 この度のArt for the future 事業はキャンセル料支援を含むものですが、美術分野の一般的な展示発表類型にはその対象とならないものも多いことから、令和3年度予算による芸術支援策においては、美術分野の活動特性をご勘案いただいたうえ、緊急事態宣言下で中止となった各種展示発表、並びに各美術関係者が再起継続に向けて実施する活動に対し、幅広く支援の対象としていただきますよう強く希望いたします。

 この一年余の新型コロナの感染の波は、個人として活動する美術家の立つ社会的な基盤がとても脆弱であることを再確認させました。

 美術家の場合、コレクティブといった形で一部グループで制作活動を行うものもいますが、大部分の活動の単位は個人です。彼らは、作家活動のみの収入を得て活動するもの、短期のアルバイトで生活費の一部を得て活動を継続するもの、教師等の兼業、美術教室を開催するもの等、その収入の形態はさまざまです。新型コロナ禍では、展覧会や芸術祭等発表、販売の場の中止や縮小、また人流が抑制されたことで、これらの収入が大きく減りました。美術教室等は自粛を余技なくされ、中断期間を終えても生徒が戻らない等、その継続も困難に直面しておりますし、カルチャー教室の講師をしている者は、講習が中断している間、収入が途絶えたものもあると聞きます。持続化給付金の支援や継続支援補助金は、個人事業主であるこれら美術家にとって大きな助けとなったことは言うまでもありません。しかし、コロナは予想を超えて長期化しており、補助金交付にかかわる関係者の多大なるご尽力があっても、時々の緊急的支援だけでは個々の芸術家がおった痛手はカバーしきれません。

 このような状況を見ると、改めて雇用保険、失業保険に相当する社会保障が個人として活動する美術家にも導入できないものか、その必要性を考えます。表現活動に身を置く多くの美術家、特に若い世代の美術家はそうですが、社会的な評価も不安定であり、その所得も大きいものとはいえません。このコロナのような大きな災害にあっては、限られた収入が更に減少し、表現活動だけではなく生活をも困難にしてしまいます。これら個人の作家の生活、表現活動を支え、これを母体として日本の文化芸術を守るためには、芸術家のためのセイフティーネットが必要と考えます。共済制度他、是非この点につき調査研究のうえ、導入に向けたご議論をお願いいたします。

 また、社会保障という意味で、労災保険の特別加入の美術分野への適用についてぜひご検討いただきたいと考えております。この4月より労災保険の特別加入の対象に芸能従事者とアニメーターが追加されました。特定作業従事者の枠の拡大のようです。美術は、表現の多様化、また大規模化が進んでいます。立体物の制作にあたっては、素材の加工の際の電動器具の使用他作業中のケガや事故も多い。また、制作物の種類によっては有機溶剤等も使用し、人体に影響を与えるリスクの多い環境で作業することもしばしばです。労災保険に加入できるならば、美術従事者が安心して制作や展示等の活動を実践し、万が一の事故の際にも自身の生活を支え、傷病から回復し、美術活動を再開することができます。美術従事者を支え、日本の美術表現を発展させる基盤として大変重要なものと考えます。今後、美術従事者を、労災保険の特別加入の対象者に加えていただきたく要望をあげてまいりますので、是非ご検討、ご協力のほどお願いいたします。


2021年5月13日
一般社団法人 日本美術家連盟
理事長 中林 忠良